月刊ニヒリスト

ニヒリストが日々あったことを綴るブログです。

「何もしない」を読む

「何もしない」という本を読んでいる。

現代アーティストで大学の講師もやっていて、かつバードウォッチングが趣味の著者が現代の、余暇ですら何らかの経済活動を強いられる(資格の勉強、ウーバーイーツ等)社会の傾向や、人の注意をお金に変える注意経済に警笛を鳴らす本。何もせずに、周囲の物事に意識を集中すること。自分が長い歴史を持った大きな生態系の一部だと認めること。カラスと仲良くすることなどを勧める本。

自分がもろにこの本の中で言及されている、SNSや広告などで常に不安を煽られている、心にゆとりのないヒステリックな人間であることがよく分かった。この本に指摘されて初めて、二十代くらいからずっと抱いていた、自分の不安を認識できた気がした。

でも、「自分を世界の中の一部だと認識しよう」というこの本は主張に関して、世界とは何かと考えた時に、この本では周りの街や生態系を対象としているけど、本当に世界はそれだけなのかと疑問を感じた。2ちゃんねるツイッターや例ダウも世界に含めていいのではないかと思ったけど、それらはもろに注意経済を動かしているものたちだ。そういうところにいたら自分は壁を跳ね回るゴムボールみたいに、いろんなところに半ば強制的に運ばれて疲弊するだけだけど、自分の身の回りにある小鳥(生態系)に目を向けよと言われても、全然ピンとこないんだよな。著者のようにバードウォッチングに出かけて、森の中で自然を感じようと言われても、虫が苦手すぎて、僕はたぶん広告以上に不安に駆られると思う。

まあ、何を自然と捉えるかという自然観に関しては恣意的なものを感じたけど(と言ってもまだ百ページ前後しか読んでないから、結論づけはしない)、人の不安や注意をお金に変えるものたちからは距離を取ろうという姿勢は本当にその通りだと思った。

「この工具がないと、こういう時困りますよ」「CPUが新しいパソコンじゃないと、Windows11にアップデートできませんよ」など、企業は人の不安を煽ることで人に物を買わせる。そういうものを真に受けていたらヒステリックにならざるを得ない。

 

↓注意経済から距離を取ろうという主張の本の広告を貼るという裏切り。

アフィリエイトしていないので僕には一銭も入らない)